毒親
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大人になってから母親が嫌いになった|離れて初めて気づいた親子関係の苦しさ

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私の場合、大人になって突然母親が嫌いになったわけではなかった。
親元を離れ、夫や義実家との関係を見ることで、それまで「普通」だと思っていた親子関係を初めて外側から見られるようになったのだと思う。
その結果、「私は母親との関係がずっと苦しかったんだ」と気づいた。

母親と暮らしていると心が苦しかった

今振り返ると母親と暮らしているときはとても心が苦しかった。

親から毎日愚痴を聞かされ感情のゴミ箱にされて親の心のケアをしていたし、ケアがうまくできないと親からは無視をされたり悪口を言われていた。

きょうだいは親の味方をして一緒になって私の悪口を言っていた。

母親は家事をやれと言われて家事をやると「洗濯物の畳み方が汚い」「料理がまずい」「後片付けの仕方がおかしい」など口うるさく言ってきた。

それで嫌になってやらなくなると「あんたは家事が全然できないし手伝わない」と文句を言ってくるのだった。

このやり方は母親の常套手段で、やっても怒られ、やらなくても怒られる。いわゆる「ダブルバインド」のような状態だった。

愚痴を言われ文句を言われ、私の心は毎日すり減り、親と何回も喧嘩をして家に居場所がなかった。

かなりのストレスを抱えながら過ごしていたのだが、あるとき母親が倒れた。

母親が倒れたことをきっかけに家を出る決意をする

母親が倒れて病院に通う日々が始まった。

病院に通いながら仕事と家事を行い、母親に代わって家賃・光熱費の支払いなどを行わなければならなく毎日バタバタと過ぎていった。

そして無事に母親が退院して帰ってきた時の一言は、ありがとうなどの感謝もなく

「家が汚いわね。掃除してたの?ほら、あんたは家事が嫌いでだらしがないから」

この一言だった。

母親が倒れて入院していた間、着替えを届けたり毎日面会に行ったり、母親や自分の職場への連絡、保険会社への連絡、支払いの手続き、全てやった。

支払いの手続きをするとき、母親が隠していた消費者金融の借金も知り肩代わりもした。

私はこの一言でいよいよ限界になって「家から出よう。」と決意した。

家を出る決意をしたがそれでも迷った

家を出る決意をしたが、それでも迷ったことがあった。

「退院したばかりで母親はまだ静養中だ。そんな中、家を出るなんて親不孝では?」

「私が母親のそばにいて支えてあげなければならないのでは?」

「母親の面倒を見ないといけないのでは?」

と、「母親をなんとかしてあげなければならない」「私が母親を守ってあげなければならない」という責任感と離れることの罪悪感を感じていた。

本当に親と離れていいのか?と迷っているとき、ある一冊の本を読んで勇気をもらった。

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この本は、私が最初に出会った毒親についての本だ。

「家を出ることは親不孝じゃない」と当時後押ししてくれてとても勇気が湧いた。

私は実家から出たことがなかったので一人暮らしで家を借りるときにどういうものが必要でどのくらいお金がかかるかわからなかった不安もあり、その点についても大変参考にさせてもらっていた。

また、当時は毒親から受けた毒に対して昇華をするためや作者の考え方にはピンと来なかったが、現在読み返すと「こういう考え方や向き合い方・プロセスで昇華していけば良いのか」と新たな発見があった。

この本についてはまた別に紹介したい。

実際に親元を離れてみたら、驚くほど心が穏やかになった

本に背中を押され、私は家を出た。

実家から出て最初に感動したのは、「家ってこんなに安らぐものなんだ。」ということだった。

母親の機嫌を伺わなくていい。足音が大きくなっていないか気にしなくていい。愚痴を聞かされることもないし、母親の気持ちをなんとか良くしようと話題を探す必要もない。家に帰っても怒鳴られることもない。

自分の好きな時間にご飯を食べて、好きな時間にお風呂に入って、疲れていたら何もしないで寝てもいい。

そんな当たり前のことが、私の心をとても穏やかにしていった。

それまで私は、家にいるだけで常に母親の様子を確認していたのだと思う。

「今日は機嫌が良いかな。」

「今日は無視されないかな。」

「私何かしたかな。」

そんなことを常に考えていた。

でも親元を離れると、それを考えなくてよくなった。

それだけで、ものすごく心が楽になりストレスが減った。

離れて初めて「私は親との関係が苦しかったんだ」と気づいた

母親と一緒に暮らしている時は、愚痴を聞くことも、機嫌を伺うことも、怒鳴られることも、無視されることも、きょうだいと一緒になって悪口を言われることも。それが普通だった。

嫌だったし苦しかったけれど、「家族ってこういうもの」と思っていた。

しかし、親元を離れて他の人と暮らしてみると全然違った。

嫌なことがあったら話し合える。

体調が悪かったら心配してもらえる。

何か失敗しても人格まで否定されない。

機嫌が悪いからといって、相手を無視したり大きな音を立てて威嚇することもない。

そういう生活をして初めて、「あれ、私が暮らしていた環境ってかなり酷かったでは?」と思うようになった。

それまで私は、

「私が母親を怒らせるから悪い」

「私がもっと上手く対応すればいい」

「私がもっと親を支えてあげればいい」

と思っていた。

しかし、そもそも子どもだった私が母親の心のケアまで背負う必要があったのだろうか。

母親の機嫌を良くすることは、私の仕事だったのだろうか。そう考えるようになった。

大人になってから母親が嫌いになったのはなぜだったのか

子どもの頃はその家庭しか知らないので自分の家のことが当たり前だと思っていたが、年齢を重ねるにつれ友人から家族の話を聞いたりすると比較対象ができるようになった。

家を出て夫と暮らし、結婚して義実家と夫のやり取りを目の当たりにしたことにより特に鮮明になった。

例えば、義母は読書が好きで夫とよく本を貸しあって感想を言い合っている。これを見るたびには私は仲がいいなと思う。

感想を言い合う時もただの好き嫌いだったり面白いとか面白くないなどのやり取りをしている。

私が母親に本を貸したらまず「この本読んでいるなんてセンス悪いわね」と言う人格否定から始まる。

人格否定もせず、「好き嫌いって人それぞれだよね」と言うバウンダリーがしっかり引かれている。

夫はその影響か、喧嘩をしてもまず人格否定をしてこない。

人格否定や無視をされない生活を送った結果、「大人になって母親が嫌いになった」のではなく、「大人になったことで、それまで嫌だと認識できなかったものを嫌だと認識できるようになった」のではないだろうか。

「親が嫌い」と認めるのには抵抗があった

親元を離れて心が穏やかになったからといって、すぐに

「私は母親が嫌いなんだ。」と認められたわけではない。

何回も親に対する考えを紙とペンを使って書き殴り、状況や感情を吐き出した。

本を読んで「母親はなんでこのときこういう行動をとったんだろう」と理解するようにした。

夫に親からされた悲しかったことを思い出すたびに泣きながら言った。

そうやってやっと「私は母親が嫌いだったんだ」と認めることができた。

母親と距離を置くことは、自分の心を守るためだった

以前の私は、母親と距離を置くことにどこか罪悪感があった。

連絡を返さないこと。会わないこと。自分の生活を親より優先すること。

全部、「冷たい娘なのでは」と思っていた。

親からも、「一人で育ったような顔をしやがって」と吐き捨てられるように言われたことがある。

これに対して私は罪悪感を植え付けられていた。

「片親で大変な中育ててもらったのに」
「母親なんだから大切にしないと」
「私は親不孝で正しい子どもじゃなかった」

でも、母親と距離を取って生活してみて分かった。

私は母親から自分の心を守るために距離を置いたのだ。

母親と関わることで毎回傷ついて、そのたびに何日も気持ちを引きずり、体が重くなってきて涙を流し瞼が腫れる。

それを繰り返すよりも、離れていた方が私は穏やかに暮らせる。

そして今の私には、夫と子どもとの生活がある。

母親の機嫌を良くするために使っていたエネルギーを、今の自分の家族や、自分自身のために使いたいと思うようになった。

母親が嫌いと思うのはおかしいのか

私は今でも、母親への感情を一言で説明するのは難しい。

嫌い。

悲しい。

腹が立つ。

それでもどこかで分かってほしい。

愛されたかった。

色々な感情が混ざっている。

「母親が嫌い」と思うことがおかしいかどうかを考えるより、「私はなぜそう思うのだろう」と考える方が、私にとっては大事なときなのだと今は思っている。

私は母親と一緒にいると苦しく、離れたらとても心が穏やかになった。

それが今の私にとっての答えなのだ。

母親だからという理由だけで、無理に近くにいなければならないわけではない。

親との距離をどうするかは、その人それぞれだと思う。

少なくとも私は、母親から離れたことで初めて、自分の生活を自分で生きられるようになった。

今は、親がどう思うかよりも、自分が心穏やかに暮らせることを大切にしたいと思っている。

あとがき

親元を離れたことで、物理的にも精神的にも距離が取れるようになった。

その後自分が結婚し、妊娠したことで、今度は「距離をとった母親に報告するのか」という問題に直面した。

私は悩んだ末、実母には妊娠を報告しないまま出産した。

その時に何を考え、なぜ報告しないと決めたのかについては、こちらの記事に書いている。

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こまち
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毒親育ち。自身の妊娠出産を経て自身が毒親にならないために試行錯誤している記事を執筆中。
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