毒親
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父親に愛されなかった娘が、大人になって気づいた悲しみ|「私はいなくてもいい」という気持ちの正体を考える

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両親は私が思春期だった頃離婚して、私は母子家庭で育った。

母も毒親なのだが、父もまあまあな毒親なのでこのブログを書くにあたり色々思い出したので生い立ちや自己紹介がてら書いていく。

覚えている父親像

父親は仕事ばかりしていて家庭にほぼいなかった。一緒に遊んでもらった記憶がほぼない。

思い出せるのは、小さい頃雪が降った日に一緒に遊んだことと隣町の映画館に連れていってもらったこと。お弁当を1回だけ作ってもらったこと。この3つのみだ。

本当にこれぐらいしかない。

あとは家にいてずっと寝ているかタバコを吸っている姿しか思い出せない。

母から聞いていた父親

母は父親のことを見下していた。そして、よく私に父親の悪口を言っていた。

  • ギャンブルで借金を繰り返していた。
  • 家事育児を全く手伝わない。
  • よくお酒を飲みタバコを吸う。ここでも出費が重なる。

こんなことをよく言っていた。

そんなことを普段から言っている母からそれを態度に出されていたり、毎日ヒステリックに叫び散らすことに嫌になったのだろう、私が思春期の頃に不倫をして、それが発端となり離婚をした。

父親に愛されなかったと感じたきっかけ

私は、小さい頃そんな父と母でも子どもながらに好きだった。

私がまだ小さい頃、両親が離婚の話し合いをしているのを目撃してしまい、当時飼っている猫を抱きしめながらわんわん泣いた。

「大好きなお父さんとお母さんが別れてしまう。一緒にいてほしい。」と。

後日母に不安になって「離婚するの?」と聞いたら「うるさい!あんたには関係ない!」と怒鳴られ何も聞けなくなってしまった。

その後、何年か経った時、あることをきっかけに不倫を知った。

不倫自体も悲しかったが、私がもっと悲しかったのは「不倫相手の子どもをとても可愛がっている」という事実だった。

携帯の写真フォルダには不倫相手と、不倫相手の子どもと、父親の写真があった。さらに、その写真には、父がその子どもと旅行に行っていたことが分かる言葉が残っていた。

私は、冒頭にも書いた通り父との思い出が全然ない。遊んでもらったことも。勉強を見てもらったことも。一緒に過ごした記憶がない。

父は、お金がないからと夏休みも冬休みも旅行に連れていってくれなかった。

それが、なんだ?なんで不倫相手やその不倫相手の子どもとは旅行にいく?

家族で一回も旅行に行ったことないのに。

私は、父と数回一緒に遊んだ記憶を大事に大事にしているのに。簡単にそれが打ち砕かれた。

ものすごく、ショックだった。

父親に愛されなかった娘に残った「私はいなくてもいい」という感覚

私はなぜか「生きてちゃいけない」みたいな感情をどんな幸せな時でもずっと持っている。

これは考察だが、「実の子どもより不倫相手との子どもを大事にされた」という出来事がきっかけで生まれた感情かもしれない。

「私って父親から愛されていなかったんだ。」

「父は他の子を大事にするくらい、私はいなくてもいいどうでもいい存在なんだ。」

という思いになる。

最初は父親に対する怒りがフツフツと湧いてきたが、今は悲しい。とにかく悲しい。

父親と母親に愛されたかった。たくさん抱っこされたかった。抱きしめてもらいたかった。

この想いが満たされることはなく、ただただ悲しい。

大人になって気づいた、父親への怒りの奥にあった悲しみ

自分の中に悲しみがあることにこの記事を書いていて気づけた。

私のバイブルでもある「毒になる親」でも、こう書かれている。

大きな悲しみもいつかは消える時が来る。それまでには時間がかかるが、それは漠然とした長さではない。かかる時間は、自分が失ったものについての事実を寄せ集め、現実を受け入れるまでの長さである。それは、過去の痛みから現在を生まれ変わらせ、ポジティブな未来へ向けてエネルギーの方向を変えるまでの時間と言っても良い。大きな傷も、いずれはいくつかの小さな痛みに別れていく。「自分が失ったものについて自分には責任がない」と確信できた時、悲しみは癒えはじめるだろう。

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この文章を読んで、私がまずやらなければならないのは「父親を赦すこと」でも「過去を忘れること」でもなく、私は父親に愛されたかったし、それが叶わなかったことを悲しみ、それを受け入れることなのだと思った。

私はずっと父親に怒っているのだと思っていた。

家族とは旅行に行かなかったのに、不倫相手とその子どもとは旅行に行ったこと。
一緒に遊んでもらった記憶がほとんどないこと。
家族よりギャンブルや自分のことを優先していたこと。

もちろん今でも腹は立つ。

でも、その奥にあったのは怒りよりも、

「どうして私をまっすぐに愛してくれなかったの」

という悲しみだった。

私はもっと父親に遊んでもらいたかった。
抱っこしてほしかった。
褒めてほしかった。
私と一緒にいることを嬉しいと思ってほしかった。

旅行に行った写真を一枚くらい残したかった。

でも、それはもう叶わない。

子どもの頃にもらえなかったものを、今から父親にもらい直すこともできない。

この事実は、とても寂しいし悲しい。孤独感さえ感じる。

今の私には、この悲しみを「もう終わったこと」と切り離すことも、「私は悪くなかった」と完全に納得することもまだできない。

私は父親に愛されたかった。

その気持ちは完全になくなるものではないし、これからも引きずっていくものだと思う。

それでも、「愛されなかったのは私に価値がなかったからだ」というところからは、少しずつ離れていきたい。

この記事を書いて、自分の中にまだこんなに悲しんでいる子どもの自分がいることに初めて気づいた。

今は、その悲しみをなかったことにせず、「あのときは悲しかったよね。もっと大事にしてほしかったよね」と、自分で優しく労わってあげるところから始めようと思う。

私は「頑張らなければ私自身に価値がない」と思い何でもかんでも頑張り過ぎて倒れてしまうことがよくある。

でも、「もっと頑張れば愛される」「何かができなければ私には価値がない」という感覚を、私は今も持っている。

だからまずは、夫と子どもとの自分の家族の時間を心から楽しむことや、何も成し遂げていない自分にも休む時間、自分を慈しむ時間を与えることから始めたい。

父に愛されたかったという悲しみは、きっとこれからも残る。

それでも、その悲しみに引っ張られて自分まで雑に扱うのではなく、今の自分を少しずつ大切にしていきたい。

「愛されるために頑張らなければならない」のではなく、何もできない日も、何も成し遂げていない自分も大切にする。

そうやってやっと、この父の呪縛から解放され、自分の人生を歩めるのだと思う。

ABOUT ME
こまち
こまち
毒親育ち。自身の妊娠出産を経て自身が毒親にならないために試行錯誤している記事を執筆中。
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